『国宝』をみました!
事前情報は『話題らしい』ということだけ。

映画館入口のポスターを見て初めて「これって歌舞伎の話なの?」と思ったレベル。
こんな調子で果たして大丈夫か!?
以下感想にレッツゴー!
めちゃくちゃ面白かった
『国宝』は吉沢亮演じる主人公が歌舞伎の女形を極めるお話でした。
主に1960年〜1980年代あたりが舞台になっており、当時の歌舞伎の世界が美しくエネルギッシュに描かれていました。
個人的に特に好きだったシーンは、度々描写される『一般人が楽しそうに歌舞伎座に足を運ぶシーン』でした。
歌舞伎ってこんなに大衆娯楽だったんだ…と肌で感じることができ、
つい自分も歌舞伎を見に行きたくなるような高揚感がありました。
話のほとんどが歌舞伎シーンだった
『国宝』はそのほとんどが歌舞伎シーンで、上映時間が長い割にストーリーはダイジェスト気味という大胆な構成でした。
それでもスッと主人公達に感情移入出来たのは彼らが演じる歌舞伎が謂わば『ディズニーの挿入歌』のような、ミュージカル的役割としてリンクしていたからだと思います。
歌舞伎=チル説
歌舞伎の音楽ってめちゃくちゃチルいな…と思いました。
手に汗握る感動的な舞台シーンもあるのですが、歌舞伎の音楽は聴いていると心が安らぐので映画全体を通して優しいグルーブに包まれるような心地良い感覚で観ることが出来ました。
これだけでも映画館で観た意味があると思えました。
【悲報】ワイ、役者の区別が付かない
この映画は主人公と出会う女性が複数人出てきます。
ここからが問題なのですが、
私はこの女性達の区別が全く付きませんでした。
自分でも「嘘だろ」と思います。あんまりすぎる理解力。
特に主人公のパートナーが高畑充希さんから森七菜さんに変わった時、最初全く気付きませんでした。


『退場したはずの女がしれっと戻ってきた上に話が噛み合わない!?なんだこれ!?』と思って観ていました。
それもそのはず、別の人物を勝手に同一人物だと勘違いしているのだから…
アホすぎる。
途中から『どうやら別人らしい』と気付いたものの、どう見ても顔が同じにしか見えず混乱し続けたまま最後まで映画を観ていました。
さらに酷いことに、高畑充希さんと森七菜さんを同一人物だと思っていた私ですが、
2人とも今田美桜さんだと思って観ていました。

全てを間違えたまま映画を観ていました。
我ながら典型的最悪ジジイすぎる間違え方で救いようがないね…
そもそも女性の出番がほぼない
登場人物の女性の区別が付かなかった私ですが、それでも『国宝』を観ている最中はあまり混乱せずにノイズなく映画を観ていました。
何故ならこの映画の女性の出番はほぼないから。
『国宝』で描かれた歌舞伎の世界はまさに「女は3歩下がって主人を支えろ」の世界でした。
女性の出番の少なさはそのまま歌舞伎界における女性の立場を表しているようでもあり、
その少ない出番の中で女性が力強く生き抜く様子も描かれていました。
歌舞伎の世界は狂気の世界
そんな歌舞伎の世界は美しくも悪魔のようにも描かれており、
やがて主人公も同じように美しい悪魔に成長していきました。
主人公の生涯を見ていると「カッコいい」とも「自分はこうはなれない」とも思える、まさに国宝を見たような気持ちになれました。
その他感想箇条書き
・映像演出がところどころアニメ的だった。
抽象的なイメージ映像は幻想的だったけど、
国宝歌舞伎役者が残像みたいに舞う演出はちょっとオーバーすぎると思った。
・吉沢亮の少年時代役の子役が吉沢亮に似ててびっくりした。子供から大人になるシーンが驚くほど自然だった。
・主人公が「歌舞伎の世界」に苦しめられる話がメインで、「歌舞伎」そのものを嫌いになったり技術的に挫折するシーンが無くて意外だった。
・横浜流星演じる主人公の相棒ポジが糖尿病を患った時、(あんだけ酒飲んでたからそりゃそうだろ)と思った。
・横浜流星演じる主人公の相棒ポジがかなり良い性格で、「友情が壊れる鬱展開くるか!?」となりそうなシーンでもギリギリなんとか場が収まるシーンが度々あった。
・挫折シーンはあれど、全体的に大きな不快感や絶望的な場面はあまり無かった。
良くも悪くもずっとゆったり心地良く観れた。
おわりに
一本の歌舞伎を観たような満足感で、めちゃくちゃ面白かったです。
エンタメ特化でもなければ人間ドラマ特化でもない、静かに熱い時間をゆったりと過ごすことが出来たような不思議な体験でした。
自分は過去に一度本物の襲名披露を見たことがありましたが、全く有り難みをわからず見ていたので勿体無いことをしたな…と反省しました。
あと俳優の区別が付かない愚かな自分にも反省しました。
(おわり)
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